
黒松 模様木仕立て/写真:Azukari
同じ樹種の盆栽を三本並べてみると、まず違って見えるのは葉ではなく幹です。一本は帆柱のようにまっすぐ立ち上がり、一本は緩やかなS字を描きながら上へ向かい、一本は途中で上へ向かうのをやめ、鉢のふちを越えて垂れ落ちる。若い木が自分でこの道筋を選ぶわけではありません。作り手が育成のごく初期に一つを選び、木はその後の生涯を通じて、目に見える形でその選択に従い続けます。日本の盆栽は何世紀も前にこの選択に名前を与え、選べる型を短い一覧にまで絞り込みました。
盆栽の「樹形(じゅけい)」とは、育成のごく初期に選ばれる幹の形のことです。限られた数の、名のある型の中から一つが選ばれ、選ばれたあとは、その木が生きる残りの年月のあいだずっと、その形に従い続けることになります。
語彙が短いのは、作り手が意図して絞り込んだからだ
樹形とは、樹種でも鉢でもなく、幹と枝がともに描く一本の線、木全体の姿を指す言葉です。可能性を無限に残すこともできたはずですが、日本の作り手たちはそうしませんでした。何世紀にもわたる実践の末に、十数種類ほどの名のある型に絞り込んだのです。それぞれの型には、幹がどう動き、枝がどこに来るべきかという独自の論理があります。この語彙を知ることは、この芸術のアルファベットを覚えることに近い作業です。一本の木が何を語るかまでは教えてくれませんが、それがどんな文法で書かれているかは教えてくれます。
どの型も、一つの問いへの答えにすぎない——幹はまっすぐな線に対して何をしているか
型の名前を丸暗記するより早く見分ける方法があります。何も手を加えなければ幹が取ったはずのまっすぐな線に対して、それぞれの型が何をしているかを見ることです。語彙の中心にある三つの型は、その問いの両極に位置し、ほかの多くの型はその間のどこかにあります。
直幹(ちょっかん、"formal upright")は、その問いに迷いなく「はい」と答える型です。根張り(ねばり、"surface roots")から一本も曲がらずまっすぐ立ち上がる幹。根元は太く、上に向かって均等に細くなり、枝は幹の高さのおよそ四分の一あたりから出はじめます。直幹の幹には、何一つ隠れる場所がありません。だからこそ三つの型の中でもっとも仕立てが難しいのです。まっすぐな線の上では、わずかな欠点も一瞬で目に入ります。
模様木(もようぎ、"informal upright")は、「おおむね、はい」と答える型です。幹は緩やかなS字を描き、それぞれの曲がりの外側に枝がつきますが、頂点は幹が土に入る場所の真上に収まります。これだけ動きがありながら、木全体は野放図にではなく均整のとれた姿に見えるのはそのためです。多くの人が「盆栽」と聞いてまず思い浮かべる型であるのは、何にも縛られずに育った木の自然な姿にもっとも近いからです。
懸崖(けんがい、"cascade")は、「いいえ」と答える型です。幹は少しだけ立ち上がったあと、上へ向かうことそのものをあきらめ、鉢のふちを越えて垂れ下がります。崖にしがみつく木や、川岸に張り出す木を写した姿です。より穏やかな型として、幹が鉢の底の高さまでしか垂れない半懸崖(はんけんがい、"semi-cascade")もあります。

黒松 懸崖仕立て/写真:Azukari
まっすぐか、曲がりながらも均整を保つか、それとも垂直をまるごと手放すか——この一つの問いを軸に置くと、残りの語彙も自然に位置づけられます。複数の幹や複数の木を使う型です。中国の文人画に由来する、無駄のない枝ぶりが特徴の文人木(ぶんじんぎ、"literati style")。一つの根株から数本の幹が立ち上がり、木立のように見える株立ち(かぶだち、"clump style")。そして、複数の独立した木を組み合わせて森の印象をつくる寄せ植え(よせうえ、"forest planting")。それぞれに固有の論理があり、このシリーズでは一つずつ取り上げていきます。直幹、模様木、懸崖、文人木、株立ち、寄せ植え。
樹形は選ぶものではなく、木から読み取るものだ
作り手は、型のカタログを開いてお気に入りを選ぶわけではありません。目の前にある素材——山で採取された幹にせよ、何年も苗床で育てられた幹にせよ——には、すでに傾きがあり、太さの偏りがあり、枝がある場所とない場所があります。仕立ての最初の仕事は、その一本の幹がすでに何を主張しているかを読み取ることです。傾きは懸崖を、まっすぐさは直幹として活かす価値を、自然な曲がりは模様木を示唆しているかもしれません。以前「型」について書いた記事でも触れたように、定まった型とは、素材に押しつける枠ではありません。木が実際に持つ性格と、何世代もの作り手がすでに試してきた解との、もっとも近い一致点です。樹形を選ぶことは、形をつくることより先に、耳を澄ませることなのです。
幹の線は、それを決めた作り手より長生きする
型が決まると、針金かけによってその形が固定されます。銅線やアルミ線を枝や幹に巻きつけ、木がその位置のまま育つのを待つ技術です。樹種や生育の速さにもよりますが、枝が針金なしでもその位置を保てるようになるまでには、半年から一、二年ほどかかるとされます。それでも、これはまだ速いほうです。動かしがたいのは幹そのものの線で、育成の初期を過ぎればほぼ固定されます。仕立てられた直幹が懸崖になることはなく、成熟した模様木の曲線がゼロから描き直されることもありません。樹形を早い段階で選ぶということは、その木を——そして、最初にその決断をした作り手のあとに続くすべての作り手を——数十年にわたって一つの見え方の論理に縛ることでもあります。あとから大きく作り直すことも不可能ではありませんが、それは日常的な手直しではなく、まれで思い切った決断です。
型に名前をつけられることが、読み取りの出発点になる
だからこそ、この語彙は作り手だけでなく、見る人にとっても意味を持ちます。幹を一目で言い当てられるようになると、その木は「小さな松」ではなく、これまで見てきたすべての模様木と比べられる、一本の具体的な模様木になります。この曲がりはより締まっている、あの枝はより思い切っている、と。次に盆栽の前に立ったときに問うべきは、樹種ではありません。幹がまっすぐな線に対して何をしているか——曲がらずに立ち上がっているか、曲がりながらも均整を保っているか、それとも垂直をまるごと手放しているか、です。以前、盆栽の正面や根張り、舎利の読み方について書いた記事が、見ることを読むことに変えるように、樹形はその読み取りが始まる場所です。
樹形という決断は、次の所有者にも引き継がれる
作り手が手を入れるどの盆栽にも、すでに樹形が備わっています。多くの場合、それは今の所有者がその木に出会うよりも前に、時には今の作り手が担当するよりも前に、決められたものです。樹形は、一度きりの写真のために木にまとわせる衣装ではありません。その木がこの先の生涯を通じて読まれ続ける、文の構造そのものです。Azukariは、その構造を日本にとどめ、決断のあとも読み続ける作家のもとに置きながら、所有者がどこにいても、その記録に加わることができる仕組みです。盆栽が取りうる、限られた数の樹形を知ることは、自分が実際に何を託されているのかを知る、もっとも率直な一歩です。
参考リンク
- Bonsai Empire — Bonsai Styles — 直幹・模様木・懸崖・文人木・株立ち・寄せ植えなど、名のある盆栽の樹形についての概説。
- Wikipedia — Bonsai, "Bonsai styles" — 直幹・模様木・懸崖・寄せ植えなど、一般的に認められている盆栽の型についての定義。
- Bonsai Society of Greater Cincinnati — Informal Upright "moyogi" or "tachiki" — 模様木のS字の幹と、外側に枝をつける配置についての解説。
- Bonsai Empire — Wiring — 針金かけの技術と、枝の位置が定まるまでのおおよその期間(半年〜1年程度)についての解説。