
黒松 懸崖仕立て/写真:Azukari
盆栽の幹はすべて、「どちらが上か」という同じ問いに答えています。以前紹介した盆栽の基本の樹形に含まれる型のほとんどは、途中でどれだけ曲がり、傾いたとしても、最終的にはこの問いにふつうのやり方で答えます。懸崖(けんがい、"cascade")だけは違います。幹はほんの少し立ち上がったあと、向きを反転させ、その後の育成期間のほとんどを、下へ、外へと伸び続けることに費やします。鉢のふちを越え、しばしば木を乗せた卓や台の縁さえも越えて。
懸崖とは、幹を立ち上げるのではなく落とすことで仕立てる樹形です。崖で足場を失いながらも育ち続けた木の姿を再現しており、その結果生まれる不安定さは、鉢の中でも、見る者の目の中でも、意図的に保たれ続けます。
落ちるために仕立てられた幹
懸崖には、二つの度合いがあります。完全な懸崖では、幹のもっとも低い部分、しばしば頂点までもが、鉢の底の高さより下に垂れ下がり、横から見たとき、木全体が一つの下向きの動作として見えます。より穏やかな半懸崖(はんけんがい、"semi-cascade")では、幹は鉢のふちや底あたりの高さまでしか垂れ下がりません。見た目の劇的さは保ちながらも、鉢のシルエットの内側に収まっています。両者に共通する文法はこうです。幹は根張り(ねばり、"surface roots")から少しだけ立ち上がったあと、下へと向きを変え、その落下の途中で、枝は水平か、やや上向きに配置されます。落ちる線が、一本のただ崩れただけの筆致に見えないようにするためです。
崖の木を写しとる
この樹形は、机上で考え出された様式というより、自然の姿を写しとったものに近いといえます。懸崖は、岩肌にしがみつく木や、川岸に張り出す木を手本にしていると言われます。育ちはじめのころに、積雪や隣の木の倒伏、崩れゆく足場によって幹が下へと押し下げられ、その圧力の最悪の時期を過ぎたあとで、ふたたび光のほうへと向き直る。押し下げられ、そこから立て直すという、この二段階の動きこそが、懸崖の盆栽が縮小して保とうとしているものです。単に鉢のふちから垂れ下がる木ではなく、自分よりはるかに大きな何かによって垂れ下がらざるを得なかった木が、それでも育ち続けている姿です。
重さという問題
懸崖は、文字通りの意味で、まっすぐに保つことがより難しい樹形です。幹は本来、光のあるほうへ育とうとする性質を持っており、懸崖においてそれは、作り手が仕立てようとしている形から、上へ、外へと戻ろうとする力として働きます。この下向きの曲がりを保つには、同じ大きさの模様木や直幹よりも太めの針金と、より頻繁な点検が必要になるのが一般的です。鉢のほうも、それに応じたものでなければなりません。作り手は、直立性の型に向く浅く広い鉢を避け、太鼓型や円筒形、背の高い六角形など、垂れ下がる幹を視覚的に受け止められる、背の高い深めの鉢を選ぶことが多いようです。そして仕立て全体は、台や卓の縁に載せるか、専用の台に上げて飾られます。垂れ下がる部分が広がる余地を持ち、床に紛れて見えなくなることなく、実際に鑑賞できるようにするためです。すべての枝を下向きにしてしまうと、木全体が生気を失って見えてしまいます。落下の途中に、上へ向かう枝をどれだけ残すか——目を両方向に動かし続けさせることも、この型の規律のひとつです。
この曲がりに耐える樹種
懸崖に向く樹種として繰り返し名前が挙がるのは真柏をはじめとする針葉樹で、割れることなく急な下向きの曲線を保てる、しなやかな木質が評価されています。ほかにも、藤、枝垂れ性の楓の園芸品種、コトネアスター、桜など、野生の状態ですでに垂れ下がる、あるいは這うような性質を持つ樹種が挙げられます。藤(ふじ)を懸崖に仕立てると、この樹形はさらに一歩先へ進みます。垂れ下がる花房そのものが、その下にある幹の線を繰り返すように咲くからです。この組み合わせについては、藤を懸崖に仕立てる記事でも取り上げています。上の写真の黒松(くろまつ、"Japanese black pine")のような松も懸崖に仕立てられますが、真柏に比べると、より硬く直立性の強い性質に逆らうことになり、形が定まるまでには一般に時間がかかります。
見る者を驚かせるための樹形
直幹の規律が静けさとして伝わり、模様木の曲線が自然なくつろぎとして伝わるのに対し、懸崖は、目にした瞬間、わずかにその人を戸惑わせるように仕立てられています。木が自分の鉢からこぼれ落ちていくように見えるからです。この樹形が、あえて高く上げて飾られる理由の一部もここにあります。もっとも低い枝が卓の天板より十分に低い位置まで、余裕を持って下がれるだけの高さの台に乗せることで、崖の断面ごと、落下の全体を見る者に見せることができます。棚にただ置かれた幹では、この劇的さは生まれません。
結び
懸崖は、直幹のように、最終的に落ち着いた完成形へとたどり着くことがありません。その姿そのものが、木が本来育ちたい方向との、終わりのない対話です。その対話は、針金を外したあとも終わりません。手入れをしない季節が一度あれば、幹はふたたび上へと戻りはじめるには十分です。懸崖をその仕立てた姿のまま保つには、ほかのどの盆栽とも同じように、季節ごとの手入れが欠かせません。ただし、見過ごされた一季節が見た目に表れるまでの余地は、より小さくなります。Azukariは、こうした木の手入れを、日本の作家のもとに置き続ける仕組みです。作家がいまも静かに、木が上へ戻ろうとする力と向き合い続けている、その同じ季節に、所有者は記録を通じて加わることができます。
参考リンク
- Bonsai Society of Greater Cincinnati「Cascade 'Kengai'」 — 崖や山肌に育つ木を手本とする懸崖の由来、幹が鉢の高さより下に垂れ下がるという特徴、そして形を保つために必要な針金かけ・剪定・鉢合わせについての解説。
- Bonsai Today「Kengai, Cascade Style」 — 岩肌に育つ木が雪や風によって一度下へ押し下げられ、そのあと再び上を向くという懸崖の由来と、葉が鉢の高さより下に垂れるという定義についての解説。
- Root & Bonsai「Cascade Style Guide」 — 懸崖を飾るために必要な鉢の深さと台の高さ、真柏・藤・枝垂れ性の楓など懸崖に向く樹種、そして生気のないシルエットを避けるための上向きの枝の必要性についての解説。
- Bonsai Empire「Bonsai Styles」 — 完全な懸崖と半懸崖の違い、半懸崖の幹は鉢の底の高さより下には垂れ下がらないという規則についての解説。