
盆栽の弟子入りは、長らく日本人の少年が、日本語で、日本の盆栽園で、師弟が言葉と背景知識を共有していることを前提とした師匠のもとに入る、というものでした。今はもう、それだけではありません。ここ数十年で、日本以外の国から来た弟子たちが、日本人の弟子とまったく同じ、何年にも及ぶ修行を経て、同じ庭を掃き、まだ触れることを許されない木々に水をやり、やがて母国に帰って自らが教える側になる、という例が少しずつ積み重なってきました。
日本の盆栽園で何年にも及ぶ本格的な修行を最後まで終えた外国人作家が、ごく少数ながら現れています。彼らは、盆栽の技術だけでなく、その修行という仕組みそのものを日本の外へ持ち出した最初の世代だと言えます。
言葉より先に、手で覚える
盆栽園は、言葉による指導だけでは成り立ちません。以前の記事「修行という時間」でも触れた通り、日本の職人文化は「技術を盗む」ことを、逐一の説明よりも重んじてきました。弟子は、観察と繰り返しを通じて技を自ら引き出すことを求められ、言葉で手渡されることを期待してはいけません。外国人弟子にとって、この慣習は、もともと高い言語の壁にさらに重なります。盆栽用語は簡単には翻訳できない語彙に満ち、来客への茶の出し方、道具の並べ方、先輩への呼びかけ方といった園の日々のリズムにも、言葉にならない作法があります。修行を経た人たちがしばしば語るのは、教室で学んだ日本語を携えて日本に来たのに、その言葉を十分に理解できるようになるより先に、木を読み、部屋の空気を読めるようになっていた、ということです。耳より先に、手のほうが流暢になっていくのです。
自分のものではない工房での、何年もの時間
この修行の仕組み自体は、外国人弟子だからといって形を変えることはありません。日本の職人文化には古くから内弟子(うちでし、「師匠のもとに住み込む弟子」の意)という仕組みがあり、歌舞伎や落語、伝統的な工房にまで広く見られますが、外国人の弟子を受け入れる盆栽園も、これに近い形で運営されています(1)。よく語られる修行期間は五年から六年で、これは型(かた、「受け継がれた定まった形」の意)が守破離(しゅはり)という三段階を経て体に入っていく過程を扱った、別記事「シュハリ」で論じた年数と同じです。
実際にどのような形をとるのか、記録に残る二つの例を紹介します。アメリカ出身のライアン・ニール氏は、埼玉県で名工・木村正彦氏のもとで六年間の本格修行を最後まで終えた、最初の西洋人弟子として記録されています(2, 3)。同じくアメリカ出身のビョルン・ビョルホルム氏は、大阪の香花園で藤川桂一郎氏のもとに六年間弟子入りし、さらに三年間、専属作家として同園に残りました。園の公式発表によれば、日本国内で働く資格を得た外国出身の盆栽専門家としては最初の一人だとされています(4, 5)。どちらの例も、種類として特別なわけではなく、単に記録が確かなだけです。いずれの場合も、この年数は肩書に添えられた形式的なものではありません。日本人の弟子が経るのとまったく同じ、判断力を受け渡すための唯一の仕組みが、母語ではない言葉で修行を始めた人物に対しても、近道なしにそのまま適用されたということです。
型を母国へ持ち帰る
この少数の弟子たちを特別なものにしているのは、日本で修行したという事実そのものではありません。短期の見学や講習を受ける留学生は、これまでも何十年と存在してきました。特別なのは、その中の一部が本格修行を最後まで終え、自分が身につけたのと同じ修行の論理に基づいて、日本の外に自分自身の盆栽園や教育プログラムを開くという、新しい段階に進み始めたことです。ニール氏は2010年、オレゴン州ポートランド郊外に「ボンサイ・ミライ」を設立し、その目的を、自らの修行が開いた「育てる人と木との対話」を広げることだと語っています(3)。ビョルホルム氏は2017年にアメリカへ戻り、テネシー州に盆栽園兼教育施設「永生園(えいせいえん)」を設立、その後は海外からの生徒を主な対象とする永生園の二拠点目を日本にも開いています(4, 5)。いずれの場合も、かつての弟子自身が、次の世代が集う作業台の中心になったのです。それはかつて、彼ら自身にとっての日本人の師匠が担っていた役割にほかなりません。
これは、修行のすべてを日本国内で完結させてきたこの職人文化にとって、まぎれもなく新しい展開です。とはいえ、日本での指導に取って代わるものではありません。むしろその逆で、この新しい系譜の教える側は誰もが、自分の修行の年月を、日本の特定の盆栽園、特定の師匠までたどることができます。変わったのは、生徒がどこから学びを始められるかであって、その判断力がどこに由来するかではありません。
職人文化が見つけた、新しい継ぎ方
だからといって、必要な年数が短くなるわけではありません。むしろ、この道を実際に歩んだ弟子たちほど、近道は存在しないと強く語ります。盆栽園の作業場が教えるのは、動画や週末講習で身につく判断力ではなく、すでにそれを身につけた誰かのそばで過ごした年月だけが教えるものだからです。この道が自分にも現実的に開かれているのか、実際の壁は何なのかを知りたい方には、「外国人でも日本で盆栽修行はできるのか」という別記事で、より直接的な答えを用意しています。この記事では、あえてその手前の、より大きな輪郭のほうを描きました。何世紀ものあいだ日本国内だけで完結してきた職人文化が、少数ながら本格的な長期修行を経た人々を通じて、その「継ぎ方」自体を国境の外へ受け渡し始めている——「受け渡す」ということの中身を変えずに。
どの木にも、手をかけた年月が同じだけ必要です。その手が日本で修行したものであるかどうかにかかわらず。Azukariも同じ前提に立ち、それぞれの木を日本で作家の継続的な手入れのもとに置き、その一季節ごとの仕事を、所有者がたどれる記録に変えています。守るべきなのは木だけでなく、この職人文化のやり方そのものだと考えているからです。
関連記事として、「修行という時間」、「シュハリ」、盆栽作家の暮らしもあわせてお読みください。
参考リンク
- Wikipedia(英語版)— Uchi-deshi — 歌舞伎・落語・武道・職人の工房に広く見られる住み込み弟子制度の概要。
- Wikipedia(英語版)— Ryan Neil — 埼玉県で木村正彦氏のもとに六年間弟子入りしたという経歴を記した項目。
- Bonsai Mirai — About — ライアン・ニール氏が木村正彦氏のもとで六年間の修行を終え、2010年にBonsai Miraiを設立したことを紹介する公式ページ。
- Wikipedia(英語版)— Bjorn Bjorholm — 大阪・香花園で藤川桂一郎氏のもとに弟子入りした経歴を記した項目。
- Bjorn Bjorholm — スタッフ紹介ページ — 六年間の弟子修行と三年間の専属作家期間、アメリカへ戻って永生園を設立した経緯を紹介する公式プロフィール。