
盆栽鉢は形も仕上げもさまざまです。六角、楕円、丸、長方形などがあり、素焼きのものも、青や緑の釉薬をかけたものもあります。/ Photo by Ragesoss, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons — Source
盆栽の鉢は、土を入れるための器ではありません。作家が木の周りに組み立てる舞台であり、鉢を変えるだけで、木そのものの見え方が変わります。
よく仕立てられた盆栽を、枝一本切らず葉一枚触らずに、ある鉢から別の鉢へ移してみてください。それだけで木の佇まいは、重くも軽くも、老いても若くも、静かにも険しくも見えるようになります。これは普通の意味での装飾ではありません。「盆栽」という言葉自体に、すでに鉢が組み込まれています。「盆」は鉢や盆を意味し、「栽」は植えることを意味します。露地に育つ木は、まだ本当の意味での盆栽ではありません。その木だけのために選ばれた鉢に据えられて、初めて盆栽になります。
鉢は器ではなく舞台
育苗用の鉢は、植物を生かしておくためのものです。盆栽の鉢は、木を見せるためのものです。深さ、幅、釉薬、縁の厚みは、木のあとから、その幹の流れやその季節の葉姿に応じて選ばれるのであって、先に鉢を決めて木を植えるのではありません。日本の作家たちは、この調和を「鉢映り」と呼びます。鉢が木を映す、という言い方です。鉢と木が一体の作品になっている状態を指し、木がただ器に収まっているだけの状態とは区別されます。広く知られる目安として、鉢の長さは木の高さのおよそ三分の二、深さは土の際にある幹の太さに近いものとされますが、これはあくまで出発点であり、そこから外れることも珍しくありません。
形・色・質感という語彙
作家は好みだけで鉢を選ぶわけではなく、共有された緩やかな約束事から出発します。まっすぐ端正に伸びる直幹には、幹の潔さと張り合わない、簡素な長方鉢や楕円鉢がよく合わせられます。ゆるやかに曲がる模様木には、木の動きに呼応する楕円や丸鉢のほうが向くことが多く、鉢のふちより下に垂れる懸崖には、構図全体が今にも傾いて見えないよう、より深く背の高い鉢が必要になります。
色は木自身の色合いに従います。松柏類は、素焼きのまま焼き上げた土色の「泥もの」の鉢に据えられるのが伝統で、控えめで後退する色が、濃い樹皮や葉と競わずに背景にまわるためです。雑木や花もの・実ものは、白・青・緑などに釉薬をかけた「色鉢」に据えられることが多く、春の新緑、秋の紅葉、冬の裸木という、一年のうちに見せる姿の違いを受け止める色が選ばれます。古く枯れた味わいの木には渋く落ち着いた釉薬が、若い木には明るい色の鉢が合わせられるのが通例です。質感は樹皮に従うとされ、深く割れて板状になった樹皮には粗い質感の土肌が、楓やぶなのような若く滑らかな樹皮には、同じく滑らかな鉢肌が合わせられることが多いとされます。どれも固定の公式ではなく、実際には例外だらけですが、作家がまず手を伸ばす基本の語彙です。
鉢合わせという、目の判断
この営み全体を指す言葉が「鉢合わせ」です。特定の鉢を特定の木に意図して組み合わせることを指し、一度で決まることはめったにない、剪定や針金かけとは別の、それ自体独立した技量として扱われています。作家は一つの木に対して複数の鉢を試し、ある鉢を据えてしばらく様子を見て、また別の鉢に替える、というやり取りを季節をまたいで重ねると言われます。木がただ器に収まっているだけの状態を抜け出し、良い鉢映りに達するまでの試行錯誤です。しかもこの組み合わせは一度決めて終わりではありません。若い木の幹が太り根張りが広がるにつれて、あるいは木が仕立ての段階からより完成した見せ方へ移るにつれて、何年か前に選んだ鉢が合わなくなり、鉢合わせがやり直されることもあります。
この判断を支える鉢には、まったく異なる二つの系譜があります。盆栽用の陶器づくりは、一般に宋代の中国、およそ11世紀にさかのぼるとされ、その技術がずっと後になって日本に伝わったとされています。今日でも中国渡来の古い鉢は、日本の盆栽界で大切にされています。日本六古窯の一つに数えられる愛知県常滑は、およそ千年におよぶ焼き物の歴史を持ちながら、盆栽専用の鉢を作り始めたのは明治の中頃、いまからおよそ百数十年前のこととされ、大阪から広がった当時の盆栽ブームがそのきっかけだったと伝わります。常滑は今も日本を代表する産地であり続けていますが、盆栽鉢を焼く窯元の数は、20世紀半ばの最盛期に数十を数えたものが、現在ではおよそ十数軒にまで減っているとされます。常滑焼とは別に立つのが「古渡り」、宋代から清代末期にかけて渡来した中国製の鉢です。木の有無にかかわらず、鉢そのものとして所有し愛でるに値するものとして盆栽界で重んじられており、それに並び立つだけの風格を持つ幹に合わせるのが慣例とされています。
鉢ひとつで格が変わる
「盆栽」の「盆」がすでに鉢そのものを意味することから、日本の作家たちは半ば冗談まじりに、一つの作品としての完成度の半分は鉢が担っている、と言ってきました。どれほど質の高い木であっても、色が喧嘩する鉢、幹を窮屈に見せる鉢に据えられれば、ありふれて見えてしまいます。同じ木を、丁寧に選ばれた鉢に移すだけで、最初からその鉢のためにあったかのように見えることがあります。鉢が木に何かを付け加えるのではなく、その木にもともとあったものを引き出しているにすぎません。鉢に一度木を据えたあとは道具で手を加えることがないにもかかわらず、鉢合わせが剪定や針金かけと同じ重さで扱われるのはこのためです。その判断ひとつが、以後その木を見るすべての人の見え方を左右します。この判断が属するより広い美意識については、別の記事でも触れています。
結び
一度選ばれた鉢が、その木にとって最後の鉢であることはめったにありません。植え替えは鉢とは関係なく数年おきにめぐってきますし、その木の色、幹の先細り、次の時期にまとうべき雰囲気についての作家の見立ても、木自身の変化とともに移り変わります。鉢を選ぶことは、木とそれを世話する人たちとのあいだの、もっと長い関わりのなかにある一つの判断にすぎません。一度決めて、また折にふれて選び直される判断です。
Azukariは、その同じ関わりのただなかにあります。日本の作家は、木が持ち主のもとに渡ったあとも、この植え替え、この鉢、この季節というふうに、同じ大きさの判断を重ね続けます。そしてそのひとつひとつが、持ち主に届く記録の一部になります。木の鉢も、その他の手入れと同じように、一度決めてそのままにされることはありません。鉢が決まったあと、木がほかの物とどう並べられるかについては、「盆栽と水石」や「何もない床の間」もあわせてお読みください。
参考リンク
- Bonsai Empire — Choosing a Bonsai Pot for Your Tree — 樹形や樹種に合わせた鉢の形・深さ・色の選び方についての解説。
- Bonsai Empire — Tokoname Pots — 常滑の盆栽鉢窯元が最盛期の数十軒からおよそ十数軒にまで減った経緯についての記事。
- Bonsai Empire — Bonsai Pottery (Origins) — 盆栽用陶器が宋代中国に起源を持ち、後に日本へ伝わったとする記述。
- YUKIMONO「The History of Tokoname Bonsai Pots」 — 常滑のおよそ千年におよぶ焼き物の歴史と、明治中頃における盆栽専用鉢の登場について。
- The Japan Foundation, Wochi Kochi「盆栽の見栄えを左右する樹と鉢の組み合わせ」 — 「鉢映り」、中国渡来の「古渡り」鉢、鉢が作品の完成度に占める比重についての記述。
- 趣味時間「初心者が樹と鉢を調和させる『鉢合わせ』のポイント」 — 「鉢合わせ」の定義と、樹形ごとの鉢の形の目安についての解説。