
黒松 45年 懸崖 / 撮影: Azukari
初めて見る盆栽を手渡された職人は、鉢をゆっくりと、数度ずつ回していって、あるところで手を止めます。同じ木をひと月後にもう一度渡しても、たいていほぼ同じあたりで止まります。探しているのは、気持ちのいい角度ではありません。その木にとって唯一正しい見る向きです。この向きには名前があります。
盆栽の「正面(しょうめん)」とは、作家がその木にとって正しいと判断した、たった一つの向きのことです。どこを切るか、傷をどこに隠すか、どう飾るか——その後のすべての判断は、この一つの選択に従います。
ほかのどの角度も、崩れるようにできている
庭木であれば、まわりを歩いて好きな角度から眺めることができます。けれど仕立てられた盆栽は、どこから見ても様になるわけではありません。見せる側には枝を比較的少なめに開けておき、その分多くの枝を裏に残して、幹の手前ではなく奥に奥行きを作ります。同じ木を反対側へ回してみると、多くの場合、薄っぺらく見えたり、枝が窮屈に詰まって見えたり、どこか未完成に見えたりします。その崩れ方こそが、正面が偶然の産物ではないことの証拠です。
正面は、思いつくものではなく、消していくもの
正面は、誰かの思いつきから生まれるものではありません。作家は、まだ若い木や山から掘り出したばかりの木を、あらゆる方向から検討し、うまくいかない角度を一つずつ外していくことで正面を見つけます。
まず見るのは根張りです。根がもっとも均等に広がり、正面から見て途切れが目立たない面が選ばれやすくなります。次に見るのが立ち上がり——根元から一の枝までの幹の部分です。この部分が、見る人からやや手前に向かって曲がっている面を表にするのが基本とされ、ある盆栽の入門サイトでは、この手前に曲がる面を「腹」と呼び、腹の側を表とする、と説明されています。正面から見て、幹はおよそ半分から3分の2ほどが見えているのが望ましく、幹の手前を横切る枝は避けられます。形だけでなく向きも見ます。米国の栽培家は檜の正面を決める際、頂部の傾きと一の枝の向きが揃っているかどうかを判断の軸に置いています。

黒松 45年 懸崖(香川産)/ 撮影: Azukari
ここまでで、誰でも使える順序の物差しができます。根が自分のほうへ均等に張っているか。幹の腹が自分のほうへ曲がっているか。幹の半分から3分の2が枝に隠れずに見えているか。頂部と一の枝が同じ方向を向いているか。裏には、正面を邪魔しない枝をあえて多く残し、木に本当の奥行きがあるように見せます。針金や剪定の傷も、この正面の視界に入らない場所に置かれるか、隠されます。こうして一つの角度ですべてのつじつまが合い、他のどの角度でも崩れていく——そこが、その木の正面になります。
手入れの型は、その決定を守るためにある
正面を決めることは、作家だけの個人的な好みではありません。それは、その木の手入れ全体が守るべき約束になります。植え替えでは、根元を用土の上に据えたあと、土を入れる前に木の角度と正面の向きを整えるのが標準的な手順とされています。何年かに一度の、小さな調整。けれど、一度きりの決断に仕えるための調整です。その後の剪定も同じ論理に従います。裏からなら気にならない切り口でも、正面から見えるのであれば避けられます。
この一貫性があるからこそ、正式な飾りが成り立ちます。床の間や展示会の卓の上に木が置かれるとき、それは作家がすでに定めた、たった一つの向きに合わせて据えられます。時にはその木が展示会場にたどり着くよりずっと前に決められた向きです。何十鉢と並ぶ会場を歩く来場者は、どちら側から見ればいいのか迷う必要がありません。そこに並ぶどの木も、すでにその問いに答えを出しているからです。盆栽は、ぐるりと囲んで眺める彫刻よりも、一幅の掛け軸に近い——一方向のために構成され、飾られるたびに同じ向きで見せられます。
正面が分かると、眺めることが読むことに変わる
自分で木の正面を見つけられるようになると、盆栽を眺めることは、単に姿の良し悪しを眺めることではなくなります。そこに、一連の判断が見えてきます。この正面のためにどの枝を残し、どの枝を切ったか。どの欠点を視界の外に押し出したか。幹をどこまで見る人のほうへ傾けたところで、「前へ差し出す」姿から「今にも倒れそう」な姿に変わってしまうか。以前の記事「盆栽の見方:正面、根張り、ジンとシャリ」では、正面探しを盆栽を読む五つの視点の最初の一つとして紹介しました。本記事は、その一歩先——どこに立つかだけでなく、なぜほかでもないその場所に立つよう作家が意図したのかを掘り下げるものです。木の樹形と正面は、多くの場合、同時に決められています。模様木の曲線や懸崖の落ち込みへ向けて仕立てられた幹は、すでにそれが見られたい方向へと傾いているのです。
10月に、見てほしいと思っていること
自分の木の正面を、自分で探して回す持ち主はほとんどいません。その仕事はすでに誰かが、木が手元に来るずっと前に済ませていて、それ以来すべての枝は、その人が選んだ角度に仕えるように伸びてきました。
10月20日、私は東京の春花園で、海外から来る少人数のグループと一日を過ごします。その庭で、どちら側に立てばいいのかを尋ねる人はいないはずです。どの鉢も、すでに向きが決まっているからです。私が見てほしいのは、その向きを決めたのが人だということ——多くは何十年も前、まだ写真に撮る価値もなかった木の前で決められている、ということです。そしてこの決定は、距離が開いたときに最も失われやすい部分でもあります。Azukariでは、木は日本で作家の手のもとに残り、持ち主に届く写真や季節ごとの記録は、その定まった正面から撮られます。つまり、カメラは作家が立つ場所に立つことを求められます。ここを外せば、地球の反対側にいる持ち主に届くのは「形」です。守れば、届くのは「決定」です。
参考リンク
- Wikipedia(英語版)「Bonsai aesthetics」 — 盆栽の正面と裏の非対称性、剪定痕を裏に隠す慣習、頂部をやや手前に傾ける原則について。
- Bonsai4me「A Guide to Bonsai Critique」 — 正面から見える幹の割合、幹を横切らない枝配り、奥行きを作るための裏側の葉量について(英語記事)。
- Bonsai Tonight「Which way does it go?」 — 正面を決める前に複数の角度を試すこと、一の枝を頂部の傾く向きに揃えることについて(英語記事)。
- InBonsai「Bonsai Repotting Guide: Step-by-Step for Beginners」 — 植え替えの標準的な手順として、木の角度と正面の向きを調整することについて(英語記事)。
- キミのミニ盆栽びより「盆栽の表と裏」 — 手前に曲がる面を「腹」として表にすること、根張りが前・左右によく張っていること、裏に枝を多めに付けて奥行きを作ることについて。