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AZUKARI

なぜ樹齢が価値になるのか

幹肌に深い年輪を刻んだ黒松の盆栽

同じ作家が、同じ盆栽園で、同じ技術を使って仕立てても、一方が樹齢10年、もう一方が樹齢100年であれば、両者はまったく違う木になります。腕前では、その差は埋まりません。お金でも埋まりません。

この単純な事実こそが、盆栽の樹齢という価値を、人が所有しうる他のほとんどのものとは違うものにしています。

盆栽の樹齢とは、右肩上がりに増えていく数字ではありません。技術でも、お金でも、近道でも作り出せない、木にただ一つ残された部分であり、一年ずつ生きることでしか積み重なりません。

時間は誰にも買い戻せない

腕のある作家を今週呼ぶことはできます。より良い土を仕入れることも、より上等な鉢を誂えることも、理想的な光と水を用意することもできます。けれど、そのどれもが、幹がどれだけの年月をかけて太ってきたか、枝がどれだけの季節、針金をかけては外し、またかけてを繰り返して、自力で曲がりを保てるようになったかを変えることはできません。

実生から育てる生産者は、初期の時間の流れをはっきりと語ります。幹肌に個性が出はじめ、幹に自然な先細りが生まれ、木としてようやく成熟した見た目になるまでにも、通常10年以上の、急がない着実な成長が必要だとされています。jurei(樹齢)という言葉で数えられる年月を、何百年分も記録として背負う盆栽は、一人の生産者の一生を何倍も上回る歳月にわたって、この同じゆっくりとした過程を積み重ねてきたものです。何も、それを短縮しません。何も、それを巻き戻しません。盆栽を形づくる要素のうち、樹齢だけは、人が単純に用意できる範囲の外に完全に置かれていると言っていいでしょう。

百年を今から所有はできない

さいたま市大宮盆栽美術館が所蔵する五葉松「日暮し」は、推定樹齢450年と伝わります。今年、誰かがこの木に並ぶことを目指して五葉松の種をまいたとしても、その年齢に達するのを自分の代で見ることはできず、おそらく子の代でも難しいでしょう。木の最初の百年は、注文して完成させられる仕事ではありません。すでに進み始めているものに、自分がたまたま行き着いた時点から加わることしかできないのです。

これこそが、盆栽の樹齢を、人が所有しうる他のほとんどのものと分けている点です。家は新しく建てられます。優れた道具も、歴史的な意匠のまま新しく作ることができます。けれど盆栽の年月は、新しく作ることができません。すでに起きてしまった年月が、その季節その季節に木の前に立っていた人の手によって、一年ずつ手入れされてきた、というかたちでしか存在しないのです。こうした長寿で名を持つ木については、以前の記事で詳しく書きました

すでに時間を積んだ木を託される

今日「ヤマキマツ」として知られる五葉松は、このことをとりわけよく示しています。1625年から仕立てが始まり、広島の一つの家系で5代にわたって育てられてきたこの木は、庭の塀に守られて1945年の広島への原爆投下を生き延び、1976年にアメリカ国民へ贈られました。その時点で、後から来た誰にもゼロから始めることのできない、およそ320年分の途切れない育成の記録を背負っていたことになります。今日この木の前に立つ人が見ているのは、自分のために用意されたものではありません。自分よりずっと前から続く手入れの記録を目にし、そこに自分の担当分を加えているのです。

皇居の大道庭園で代々受け継がれてきた赤松の盆栽

一人の所有者の仕事ではなく、続いてきた手入れそのもの。皇居内の大道庭園では、樹齢数百年と伝わる松が、物語の途中から引き継いだ世話人たちの手で、今日も育てられている。

これが、樹齢を重ねた盆栽を託されるということの実際の形です。手渡されるのは、決して材料ではありません。何十年、時には何百年分もの、他の誰かの早朝の時間、他の誰かがどの枝を残すか決めた判断、他の誰かが植え替えの時期を見極めた判断を、すでに背負った木そのものです。こうした長い年月にわたって盆栽を生かし続けているのが、地味で日々の手入れであることは、別の記事でも書きました。樹齢とは、その手入れが何度、何人の手によって、途切れることなく繰り返されてきたかが、目に見える形になったものにすぎません。

Azukariが扱う本質的な価値

ここははっきりさせておきたいところです。ここまで述べてきたことは、右肩上がりに増える数字の話でも、値動きを追う話でもありません。古い盆栽は金融商品ではなく、その木を託されることは、将来の価格に対する権利を得ることでもありません。年月がもたらすものは、むしろ歴史的建造物や伝統工芸品にとっての確かな経歴が持つ意味に近いものです。ほかの何によっても代えのきかないものであり、それこそが本質です。

Azukariが土台としているのは、まさにこの構造です。木は日本にとどまり、これまでと変わらず作家の日々の手入れのもとで育ち続けます。木を託される人は、自分がたまたま行き着いた章から、その途切れない手入れの流れに加わり、季節ごとの記録を受け取ります。それは木の将来の価格に対する取り分ではなく、その木が続けてきた歴史の中の、自分の持ち場です。

結び

盆栽に完成はないというのと同じ意味で、木の樹齢もまた、積み上がることをやめません。次の世話人へ、次の季節へと、時間の続きが手渡されていくだけです。自分の番が続くあいだ、その流れの一部であること。それこそが、古い盆栽が実際にもたらすものであり、それ以上でも、それ以下でもありません。

参考リンク

  1. Bonsai Empire「種から盆栽を育てる」 — 種から幹肌の個性や成熟した姿を育てるまでの時間の目安について。
  2. さいたま市大宮盆栽美術館「日暮し」(五葉松) — 推定樹齢450年についての紹介。
  3. National Bonsai Foundation「The Yamaki Pine」 — 1625年からの仕立て、ヤマキ家5代にわたる育成、1976年のアメリカへの寄贈について。
  4. Bonsai Empire「広島を生き延びた盆栽」 — 1945年の原爆投下を生き延びた経緯とその後の歴史について。
盆栽樹齢経歴ヤマキマツAzukari