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老爺柿という盆栽

実の色づきは、一つひとつ違う速さで進む

老爺柿(ロウヤガキ)は、初めての開花から実をつけるまでにおよそ7年から10年かかる盆栽です。学名は Diospyros rhombifolia。柿の仲間で、葉はひし形をしており、実の大きさは数センチほどです。

秋に朱色に色づいた老爺柿(ロウヤガキ)の実のクローズアップ

一本の木の上でも、実の色づき方は一つひとつ違う速さで進みます。だから木全体が一度に変わるのではなく、日々少しずつ表情を変えていきます。春に白い小さな花が咲き、夏は青い実をつけ、秋になると朱や橙に染まります。葉も色づき、実と重なって、木全体が秋そのものの姿になります。

夏に青い実をつけ、針金で枝を整えている仕立て途中の老爺柿

夏の一本。青い実をつけ、枝には針金がかかっている。ここから秋の朱色へ向かう。

雌雄が分かれていて、実をつけるには雄木の花粉が要ります。日本の盆栽では、実を見て楽しむ樹を「実もの」と呼びます。実をつけている老爺柿は、すでにそれだけの年月をかけられてきた木だということです。

一人の生産者が、三十年かけて三百種を生んだ

この柿を育てたのは、群馬県桐生市の二十里芳男さんです。柿盆栽の生産者であり、素材の作り手であって、仕立てる作家ではありません。30年から40年をかけて、300種類を超える柿盆栽を生み出してきた、この分野の先駆者です。

鉢に仕立てられた老爺柿(Diospyros rhombifolia)の盆栽の姿

盆栽には二つの手があります。畑で長い時間をかけて木の素質を育てる手と、その素質を読み取って姿を与える手です。一本の盆栽は必ずこの両方を経ますが、名前が残るのはたいてい後者だけです。ここに記すのは、その最初の手の物語です。

銘は、すでに始まった物語につけられる

二十里さんの畑から、二本の老爺柿を迎えました。対として、二本で一組と考えています。

「浦島太郎」の銘札がついた老爺柿の一本、二十里さんの畑にて

銘「浦島太郎」の一本。名札をつけたまま、二十里さんの畑で撮影した。

一本には「浦島太郎」という銘があります。決して開けてはならないと言われた箱を渡された、あの漁師の昔話にちなむ名前です。もう一本には、まだ名前がありません。盆栽の銘は、管理のための符号ではなく、その木が背負ってきた物語に与えられる名前です。名前がまだ無いということは、物語がまだ始まっていないというだけのことです。

二本とも、畑から出てきたときのままの姿です。これから作家の手で鉢が変わり、枝が整えられ、秋に実る景色へ向かっていきます。その過程を、そのまま記録していきます。

木は日本に残り、記録が持ち主に届く

この二本は、これから作家の手で仕立てられ、実る姿へと向かいます。木は日本に置かれたまま、持ち主は世界のどこにいてもかまいません。毎年の実りは記録として届き、いつか実物に会いに来ることもできます。木そのものが手元に届かないぶん、代わりに残るもの——記録と物語——に価値を置いています。

日本の盆栽は、何百年も手から手へ渡ることで続いてきました。その系譜に新しい持ち主として加わることが、Azukariにおける預かりの意味です。

一本の老爺柿が秋に実るまでには、生産者の数十年と、作家の一季節の仕事が積み重なっています。持ち主が受け取るのは木そのものではなく、その積み重ねられた時間であり、それはいつか次の手へ渡っていきます。

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References

  1. Diospyros rhombifolia — Trees and Shrubs Online — 高さ8mに達する低木または小高木で、葉は菱形状の倒卵形で長さ4〜8.5cm、実は直径2cmほどの橙色の液果であることを記す植物学的解説。中国東部5省に自生し、栽培上「Princess Persimmon」という名で呼ばれるとも記載している。
  2. Diospyros rhombifolia — Wikipedia — 英名「diamond-leaf persimmon」「princess persimmon」、カキノキ科(Ebenaceae)への分類、中国南東部を原産地とすること、小さな葉と橙色の実を観賞するために栽培される点を記す概説記事。
  3. Diospyros rhombifolia — Wikidata — 属をDiospyros、命名者をHemsl.とする分類データ。中国語名(菱葉柿・老鸦柿)とともに、日本語名として「ロウヤガキ」を挙げている。
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