花物盆栽は、一年の大半を数週間のために使う

Photo by Sarah Stierch, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons — 出典
2011年5月、ワシントンD.C.の米国国立盆栽盆景博物館を訪れた誰かが、満開のサツキ盆栽の前で足を止めてこの一枚を撮った。鉢が見えなくなるほど赤い花で埋まった姿である。この一枚が、花物盆栽(はなものぼんさい)というものの説明のほとんどを担っている。花物盆栽とは、花を咲かせる樹種を鉢の中で育て、花の咲く時期の姿を一年の中心に据える盆栽のことだ。鉢に植えた木がすべて盆栽になるわけではない。小さな鉢の中に山や森の大きな樹の力を映し、育てることと眺めることが一つになって、はじめて盆栽と呼べる。梅や桜、皐月(サツキ)、長寿梅は、この言葉でまず名前が挙がる代表格である。(出典 さいたま市大宮盆栽美術館「樹について」、Azukari社内資料 Week 1)
花物盆栽と松柏盆栽は、一年のほとんどの期間、同じ技術で育て、同じように針金をかけ、同じように植え替える。違いが生まれるのは、残りの数週間だけである。
五つの分類の中で、花物盆栽だけが独立した枠を持つ
盆栽は観賞のうえで、松柏盆栽、雑木盆栽、花物盆栽、実物盆栽、草物盆栽の五つにおおまかに分けられる。樹種で見ると、常緑の針葉樹を指す「松柏」と、落葉樹を中心とする「雑木」に大別され、雑木はさらに葉を楽しむ葉物、花を楽しむ花物、実を楽しむ実物に分かれる。フラワー盆栽はこの花物にあたる。日本で愛培される盆栽は、全体でおよそ六十種にのぼると言われている。花物盆栽は特別な新種として付け加わったのではなく、この六十種の中に古くから場所を持つ一分野である。(出典 盆栽.com「盆栽の観賞上の分類と種類」、さいたま市大宮盆栽美術館「樹について」)
松柏には無い判断が、花物にだけ一つ増える
松柏盆栽は日本の盆栽文化の中心にあり、黒松や赤松、五葉松、真柏などの常緑の針葉樹が主役になる。これらは一年を通じて緑を保ち、幹肌や枝ぶり、樹形そのものを一年中かけて楽しむ。花物盆栽はこの緑の姿をそのまま持ちながら、そこに開花期という明確な見せ場を一つ重ねる。価値がその一点に集まるからこそ、松柏には要らない判断が増える。花芽がどこにどうつくかを知り、花芽が分かれてできる時期には生育をあえて抑える、という判断である。この時期に水や肥料を効かせすぎると、木は花ではなく枝葉に力を使ってしまう。この失敗の起こり方は、花や実がうまくつかない理由をまとめた記事でさらに詳しく扱っている。彫刻家の朝倉文夫は、盆栽は季節を楽しむものだという考えから、春や秋の展示が好ましいと助言したと伝えられる。花物盆栽は、まさにその助言の通りに作られた盆栽だと言ってよい。(出典 盆栽.com、キミのミニ盆栽びより「花物類の仲間」、Azukari社内資料 国風盆栽展レポート)
伝統の大半を、数種の樹が担っている
花物と呼ばれてまず名前が挙がるのは、皐月(サツキ)、梅、桜、海棠(カイドウ)、木瓜(ボケ)、長寿梅、藤、躑躅(ツツジ)、百日紅(サルスベリ)、椿などである。梅と桜は古くから日本人にもっとも親しまれてきた花で、桜を愛でる習慣は奈良時代までさかのぼると伝えられる。サツキはツツジ科で、五月から六月にかけて、色も形も大きさも多彩な花を、一枝から複数の柄で咲かせることさえある。長寿梅は矮性の落葉樹で、小枝が細かくほぐれ、四季咲きの性質が強く、春と秋に朱紅色の小さな花をつける。樹勢が強く育てやすいことから、花物全体の入り口として古くから選ばれてきた。どの樹を選ぶかで、咲く季節も花の表情も変わる。そこが花物盆栽を持つ楽しみの大半を占める。(出典 キミのミニ盆栽びより、盆栽エンパイア「梅」「桜の盆栽」「サツキ盆栽の手入れ」、盆栽妙「長寿梅」)

Photo by Sarah Stierch, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons — 出典
同じ花物のなかでも、花の表情も咲く季節も、樹種が変われば大きく変わる。藤、椿、梅は、いずれも花物盆栽を代表する樹である。

藤(ふじ)。初夏、枝から紫の花房を長く垂らして咲く。

椿(つばき)。冬から春にかけて咲く、やぶ椿の一鉢。

梅(うめ)。老木の幹に白い花を満開に咲かせた姿。
開花は偶然ではなく、暦で管理するものである
花物盆栽の手入れの中心は、一年中の樹形づくりではなく、開花そのものに狙いを定めた季節ごとの手入れにある。花芽が分かれてできる時期に水や肥料を効かせすぎると枝葉ばかりが伸び、花つきが悪くなる。だからこそこの時期は生育をやや抑えるのが基本になる。サツキは日陰に置くと枝が伸びるばかりで花が減るため、午前中によく日の当たる場所を選び、その年の花が終わったらできるだけ早く剪定する。長寿梅は半日陰でも育つが水切れには弱く、表土が乾いたらたっぷりと水を与える。一年を通して見れば、花物盆栽の暮らしは、花を咲かせる準備の季節と、花を眺める季節との繰り返しである。翌年の花つきを左右する分かれ目はただ一つ、剪定を都合のよいときにではなく、その年の花が落ちた直後、来年の花芽ができる前に済ませることにある。(出典 キミのミニ盆栽びより、みんなの趣味の園芸「サツキの育て方」、盆栽Q「初心者でも大丈夫 花物ミニ盆栽を育ててみよう」)
長寿梅かサツキかで、最初の一鉢は決まる
初めて花物盆栽を育てるなら、長寿梅かサツキが向いている。長寿梅は樹勢が強く四季咲きのため、木の性質を学びながら花を楽しむ機会そのものが多い。サツキは花木の中でも育てやすく、幹を太らせやすいため、盆栽らしい姿に仕立てやすい。手入れの中身はどちらを選んでも変わらない。水やり、剪定、針金で枝の向きを整えること、そして数年に一度の植え替えである。これらは木をいじめるためではなく、健康と美しい姿を何十年も保つために行う。最初の一鉢は、咲かせたい花の季節から逆算して選べばよい。春に華やかさを求めるならサツキ、長く花を眺めたいなら四季咲きの長寿梅、という選び方になる。(出典 盆栽Q、GardenStory「サツキは育てるのが難しい」、Azukari社内資料 Week 1)

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数週間を所有することは、一年を所有することとは違う問題である
花物盆栽が求めるものは、松柏盆栽には無い。ごく短く、見逃しやすい特定の窓の間、誰かがその樹に注意を払い続けていなければ、その年ただ一度の見返りは最後まで届かない。日本の盆栽作家は昔から、名木を自分のものとして抱え込むのではなく、先代から預かっていると考えてきた。次の代へ渡していくものであって、ただ手元に留め置くものではない、という考え方である。Azukariは花物盆栽を、この同じ仕組みの中に置く。樹は日本に残り、作家がその樹に本当に必要な暦で開花を管理し、所有する人は、その季節を自分で追いかける手間の代わりに、季節の記録を受け取る。この形における所有とは、花が開くその週に樹の前に立っている人であることを意味しない。開花の季節をほしいと思いながら、その管理までは自分で背負いたくない人にとって、これが花物という分野が差し出している具体的な取引である。樹を選ぶ前に、この取引のどちら側を自分は大事にしたいのか、考えておく価値がある。樹種ごとの実物はAzukariのマーケットプレイスで見ることができる。(出典 Azukari社内資料 Post 01、Sunday Azukari 3)
よくある質問
フラワー盆栽と普通の盆栽は何が違うのか。技術的には同じ盆栽だが、花物は開花期を主役に鑑賞し、花を咲かせるための専門の手入れが加わる点が異なる。初心者でも花を咲かせられるのか。長寿梅やサツキのように強く育てやすい樹種を選び、日当たりと水やり、花後の早い剪定を守れば、初年から花を楽しめることが多い。室内だけで育てられるのか。花物の多くは屋外の日光と季節の寒暖を必要とするため、基本は屋外で育て、開花の数日を室内で楽しむのが無理のない付き合い方である。
季節の盆栽を、自分の暮らしに合った形で持ちたいと感じたら、まずはAzukariで樹と仕組みを知ることから始められる。Azukariで花物盆栽を見る
参考リンク
- さいたま市大宮盆栽美術館(英語版) — 盆栽の観賞上の分類についての大宮盆栽美術館自身の説明。花物盆栽の定義と、日本で育てられるおよそ六十種の中での位置づけの出典。
- サツキ — 育て方ガイド、Bonsai Empire — サツキの開花時期、日照条件、花後剪定のタイミングについての種別ガイド。
- 梅(Prunus mume)— 育て方ガイド、Bonsai Empire — 梅が日本の代表的な花物盆栽に数えられる位置づけについての種別ガイド。
- 長寿梅(矮性ボケ)— 育て方ガイド、Bonsai Empire — 長寿梅の四季咲きの性質と水管理についての種別ガイド。
- サツキ — 植物図鑑、みんなの趣味の園芸(NHK出版) — サツキの開花時期と花後剪定のタイミングについての日本語の栽培ガイド。