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自然は征服するものではなく従うもの

京都・龍安寺の枯山水庭園。白砂の上に石が組まれている

京都・龍安寺の庭には、白砂の上に十五の石が組まれている。この配置には一つ、動かない決まりがある。縁側のどこに座っても、十五個のうち少なくとも一つは必ず視界から外れる。修理し忘れた欠陥ではない。設計はそのとおりに機能している。一人の観者がすべてを一望する「支配者の視点」を、最初から誰にも与えないのだ。フランスの城館庭園は、同じ問い――自然のどこまでを人が見て、どこまでを人が形づくってよいのか――に、正反対の答えを出す。生垣は直線に刈り込まれ、水は幾何学的な水盤に導かれ、木立でさえ壁のように整えられ、庭全体が、一箇所に立つ一つの目に応えるよう作られている。

西洋の庭園は、伝統的に自然を支配するために作られてきた。日本の庭園は、伝統的に自然に参加するために作られてきた。 どちらが正しいという話ではない。自分より大きなものの隣にどう立つか、という同じ問いに対する、二つの異なる答えである。この記事では、日本的な答えがどこから来たのかと、生きた木を手入れする誰もがいまも求められている作法について書く。

借景は、庭の終わりを山肌に委ねる

龍安寺の石組みは、もっと広い論理の一つの現れにすぎない。関連する技法である借景(しゃっけい、遠くの山や森をあたかも庭の一部であるかのように取り込んで設計すること)は、さらに踏み込む。完結した構図の周りに壁を築くのではなく、設計者が植えたわけでも制御できるわけでもない山肌に対して、庭そのものを意図的に開いたままにしておく。ある意味で、庭がどこで終わるかを決めるのは、垣根の位置ではなく見る人の目である。

どちらの手法も、もう一方に対する優劣の判定ではない。ただ、二つの伝統は「庭とは何のためにあるのか」について、異なる前提から出発した。一方は、庭を自然が演出される舞台として扱う。もう一方は、庭を、人と周囲の土地が暫定的に景色を分かち合う場所として扱う。

この作法の背後には、災害に形づくられた歴史がある

この二つ目の態度が日本に根づいた理由は、思想である前に、まず地理である。列島は環太平洋火山帯にまたがり、その記録された歴史は、地震・台風・洪水によって、容赦のない規則性で区切られてきた。1923年の関東大震災では、東京圏だけで一日のうちにおよそ10万人が命を落としている。この数字の大きさの前では、自然は制御できるという理屈はどれも長くは持ちこたえられない。ある読み方によれば、古典の日本文学は、こうした災害そのものを描いた記録が意外なほど少ない。初期の書き手たちは、災厄を、散文で描写すべき出来事というより、天からの裁きに近いものとして扱う傾向があった。これ自体、自然を正面から見据え「制御できる」と言い切ることを避ける、一つの態度である。

耐震基準は新しいが、自然への遠慮はその何世紀も前からある

「いずれどんな地震にも打ち勝てる建物を作れる」と前提する社会と、「何を建てても地面はまた動く」と前提する社会とでは、計画の立て方が違ってくる。1923年以降、そして1981年に再び強化された日本の耐震基準は、免震装置、補強された架構、木造建築の耐震補強など、実際に高度なものである。けれど、その背後にある文化的な習慣は、工学よりも何世紀も前から存在しており、庭園を貫くのと同じ論理でできている。自然に打ち勝てるということではなく、自然に最後まで口を出せるふりをせずに、その隣で生きていけるだけの読み方を身につけるのが人の務めだ、という論理である。

庭師は今も手を入れる。ただし従うのは素材の性質

だからといって、日本庭園が手つかずのまま放っておかれるわけではない。庭師(にわし、伝統的な庭園における樹木や植栽の剪定・仕立てを専門とする職人)は絶えず剪定を行い、枝を針金で位置に導き、毎週砂利を精密な文様に掃き整える。手はいたるところに入っている。庭師がしないのは、素材とは関係なく、石や松がどうあるべきかを独自に決めてしまうことだ。日本の石組みの背景にある古い設計原則は「石の乞うところに従う」ことである。あらかじめ描かれた形に押し込めるのではなく、石そのものの質量と目が、どこに座りたいかを示すのに任せる。松の剪定も同じ敬意をもって行われる。枝がすでに伸びようとしている方向に、逆らうのではなく、沿う。

手は能動的である。ただし、その手が従う権威は、手自身のものではない。

懸崖仕立ての五葉松

盆栽家は、命令を下す前に樹勢を読む

盆栽家は、この同じ作法を、もっとも凝縮された形で受け継いでいる。盆栽は決して不活性な素材ではないからだ。光や水、来る季節にどこへ伸びたいかについて、木自身の好みを持つ生き物であり、その好みを頭ごなしに押し切ろうとする作家は、木を枯らすか、姿を崩すかのどちらかに終わる。

そのかわりに作家が読むのが、樹勢(じゅせい、木のいまの成長の強さや弱さとして目に見えるもの)である。二季続けて無理をさせられた木は、深刻な症状が出るより先に、まず葉が薄く色あせて現れる。植え替えの負担から回復中の木は、また針金を掛けられるより先に、そっとしておいてほしいと、目に見える形で求めてくる。その樹勢を読み、一年の計画をそれに合わせて調整することは、木を仕立てる「本当の」作業の前段にある形式的な手続きではない。それこそが仕事そのものである。何かの植物を手入れしている人なら、この物差しはそのまま使える。次の一鋏を入れる前に問うべきは、自分がその植物をどうしたいかではなく、その植物の最近の伸び方がすでに何をしようとしているかであり、あらかじめ決めた形にではなく、その答えに合わせて切ることだ。

水やりは、この読み取りが毎日始まる場所である。水を与えるかどうかを決めるのはカレンダーではなく土だからだ。そして、それは決して終わらない。以前書いた通り、盆栽は完成しないからである。押しつけるべき最終形はなく、その季節に木が語っていることと、長い対話を続けていくだけだ。よほど古い木には(かみ、神道における精霊・神格)が宿るという古い考え方も、別の角度から同じ本能を指し示している。十分に古い木は、どれほどの技術力をもってしても覆せない種類の敬意を求めてくる。

盆栽家は絶えず剪定し、針金を掛け、植え替える。ただし、木自身の性質が実行できないような命令を与えることだけは、決してしない。 それは技術の限界ではない。それこそが技術である。同じものが、規模を変えて、龍安寺の一つの石を組み切らずに残し、地面が動くことを前提に地面とともに揺れる家を建て続けてきた国のあり方を、形作ってきた。

参考リンク

  1. Wikipedia「Borrowed scenery(借景)」 — 遠くの制御できない景色を庭園設計に取り込む技法「借景」の概要。
  2. Wikipedia「Japanese garden(日本庭園)」 — あらかじめ決めた計画ではなく石自体の性質に従って配置するという、日本庭園設計の原則の概要。
  3. Nippon.com「Disaster and the Japanese Spirit」 — 日本社会と自然災害の歴史的・文化的な関係についての論考。
  4. National Geographic「Japan spent decades making itself earthquake resilient. Here's how.」 — 1923年の関東大震災以降の日本の耐震基準と防災文化についての報道。
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