
佐伯和希は神奈川県小田原市で盆栽の道に入り、現在は東京を拠点に、不動産の仕事をしながら樹を仕立て続けている。24歳のとき、営業の合間にふと立ち寄った園芸店で盆栽を見て、ただ「かっこいい」と思ったのが始まりだった。以来、多いときで月に15本というペースで木に触り、枯れるぎりぎりまで攻める実験を繰り返してきた。日々の制作過程をソーシャルメディアで発信し、国内外にファンを持つ。Bonsai Azukari の最初のパートナー作家となった彼に、盆栽への思いと、これから向かいたい先を聞いた。
「佐伯さんに出会い、私が抱いていた盆栽家のイメージは覆されました。彼は伝統的な技術を深く保持しながら、同時に国際的なコミュニティを創り出すイノベーターです。SNSで日々の実践を発信し、世界中にファンを増やしています。彼を通じて、盆栽作家が世界とどのようにつながり、活動していくのかを具体的に思い描くことができました。そして、彼が私のプラットフォームにおける最初のアーティストとなってくれたのです。」
— 高橋勇人 / Founder
作家の歩み
盆栽を始めた経緯と、没入した理由を教えてください。
本格的に始めたのは24歳、約6年前になります。もともと営業職をしていたのですが、ふと立ち寄った園芸店で盆栽を見て、シンプルに「かっこいい」と感じたのが入口でした。いちばん惹きつけられたのは、白く枯れた部分(ジンやシャリ)と、青々と生きている部分が混ざり合っている姿です。一本の植物のなかに「生と死」が明確に同居して成り立っている。その特異な存在感に面白さを感じて、のめり込んでいきました。

これまでで最も苦労したことと、それをどう乗り越えたかを教えてください。
頭のなかにある理想の形にする難しさは、常にあります。技術を磨くため、趣味の期間は「月に15本、2日で1本仕上げる」というペースで、限界まで木に触っていました。限界まで枝を曲げてみたり、あえて枯れるぎりぎりまで攻めて折ってしまったり。失敗を重ねながら、手の感覚でしか分からない生と死のラインを掴んでいきました。脳内でイメージした理想と、目の前の現実とのギャップを埋めるには、妥協しない追求心という、精神面のコントロールも必要でしたね。
大切にしていること
盆栽を作るうえで、最も大切にしていることを教えてください。
大前提として、いちばんは純粋に盆栽が好きだということです。そのうえで、自分の脳内でイメージした理想を現実化させ、細部がもたらす微妙な姿の違いを追求していくことに面白さを感じています。「世の中にまだ認識されていない美」というものはなく、美や価値観は、自分自身のなかに持つものだと考えています。
そして樹の「完成」についても、その盆栽が生き続けるかぎり、完成することはありません。だからこそ、オーナーが変わり、そこからまた新しい人生が始まっていく瞬間が、純粋に嬉しいですね。

今後、どのように盆栽と向き合っていきたいですか。
インバウンド向けの「分かりやすい日本文化」を提供するのではなく、日本人自身が本当に好きだと思えるものを混ぜ合わせ、それを世界に向けて新しいサービスとして発信していきたいです。これまでの盆栽が持っていた、いなたいイメージを変え、新しい層にもその魅力を届けていきたいですね。
業界に対して仕掛けたいことが特にあるわけではありません。最終的には「樹を作る」工程の面白さを共有できる人、盆栽を通じた友達のような存在を増やしていけたらと思っています。
佐伯が預かる樹
いま佐伯和希が預かっている四本の盆栽を紹介する。

MKT-001 — 黒松(くろまつ)/ 45年 / 懸崖(けんがい)
崖のふちを越えて下へと落ちていく幹。香川から神奈川へ、受け継がれる命。

MKT-002 — 真柏(しんぱく)/ 40年 / 半懸崖(はんけんがい)
鉢のふちを越えて横へ伸びながら、懸崖ほどは落ちきらない姿。荒々しさと静寂の調和。

MKT-003 — 真柏 / 30年 / 模様木(もようぎ)
ゆるやかに曲がりながら立ち上がり、落ち着いてはまた立ち上がる幹。世代を重ねて雪の重みと移ろう風を生きてきた、山の樹の形。

MKT-004 — 真柏 / 50年 / 半懸崖
四本のなかで最も古い。同じ形であっても、五十年は幹を、より静かで深い佇まいへと熟させていく。
オーナーになる
Bonsai Azukari では、パートナー作家が手がける樹のオーナーになることができます。樹は引き続き作家のもとで管理・育成されるため、置く場所を持たずに所有できる仕組みです。樹の成長や、施した作業の記録はデジタルに残り、その記録がそのまま樹の物語になります。将来、次のオーナーへ譲ることもできます。
佐伯の制作は Instagram で。@3_k_saeki